二番目のない楽器――泉州尺八工房がAireedXにたどり着くまで
私はこれまで、40年以上にわたって竹製の尺八を作ってきました。
泉州尺八工房を始めた頃から、私が目指してきたのは、単に「昔ながらの尺八を作る」ということではありませんでした。
自分自身が演奏家として舞台に立ち、その中で「こういう音が欲しい」「こういう表現がしたい」と感じたことを、楽器そのものに反映させていく。
演奏して、作って、また演奏する。
その繰り返しの中から、自分にとって理想の尺八を少しずつ形にしてきました。
その意味で、泉州尺八工房の尺八は、私にとって「伝統を守るための尺八」であると同時に、「演奏するために進化してきた尺八」でもあります。
竹だからこそ生まれるもの、竹だからこそ抱える問題
竹は素晴らしい素材です。
一本一本に個性があり、長い年月をかけて育った竹には、人工的な素材にはない魅力があります。
一方で、竹だからこそ避けられない問題もあります。
その一つが「割れ」です。
良い竹を見つけても、保存している間に割れることがあります。
製作途中で割れることもあります。
これらは、製作者である私の手元で起きることなので、ある程度は対応できます。
しかし、もっと難しいのは、お客様の手に渡った後に割れてしまうことです。
「竹なのだから、ある程度の割れは避けられない」と理解してくださる方ばかりではありません。
お客様からすれば、購入した楽器が割れれば大きな問題です。
「自然素材だから仕方がない」と説明するだけでは、作り手として納得できない部分もありました。
そこで私は、長い間、
「割れない尺八を作ることができないだろうか」
と考えていました。
もう一つ、竹には難しいことがありました
それは、同じ尺八を二本作ることができないということです。
尺八の内部形状をできるだけ同じに作っても、自然素材である竹の外形は一本一本違います。
肉厚も違います。
節の状態も違います。
竹そのものが持っている個体差があります。
そのため、製作者としては同じ設計思想で作っているつもりでも、完成した楽器は一本一本異なったものになります。
もちろん、それを「竹の個性」と考えることもできます。
実際、そこに竹製尺八の面白さがあります。
しかし、演奏家として長年尺八を吹いてきた私には、どうしても気になることがありました。
「同じものを、もう一度作ることができない」
ということです。
「自分が一番良いと思う尺八」を、お客様にも届けたい
私は演奏家でもあります。
自分が演奏するために尺八を作っていると、当然のように、その時点で自分が一番良いと思う楽器ができることがあります。
ところが、そんな時に限って、
「三塚さんが使っている尺八と同じものが欲しい」
と言われることがあります。
これは作り手として、とても嬉しいことです。
しかし、竹では「同じもの」を作ることができません。
そこで、もう一度別の竹を探し、できるだけ近いものを作ろうとする。
場合によっては、自分が気に入っている楽器を手放して、お客様にお渡しすることもありました。
そんなことを繰り返しているうちに、私は冗談半分に、
「だから私は、いつも一番良い楽器を持つことができないんです」
と言っていました。
ところが、ある時から、この冗談が私にとって笑えない問題になりました。
もし自分が作った楽器の中に「最高の一本」があり、それを自分が持ち続けるのであれば、お客様に渡す楽器は、その次のものになってしまう。
それならば、
「最高の一本」と「二番目の一本」がある楽器ではなく、二番目というものが存在しない楽器を作れないだろうか。
そんなことを考えるようになりました。
「最高の一本」ではなく、「二番目のない楽器」
これが、後のAireedXにつながっていきます。
もちろん、これは「竹製尺八が良くない」という話ではありません。
むしろ逆です。
40年以上竹製尺八を作ってきたからこそ、竹の素晴らしさと、竹では解決できない問題の両方が見えてきました。
竹の代わりになる素材を探していたのではありません。
竹ではできなかったことを実現するための、新しい素材と新しい楽器を作りたかったのです。
そのためには、製作者の経験や勘だけに頼るのではなく、自分が長年の製作と演奏の中で身につけてきたものを、設計値として残す必要がありました。
私が長年かけて作ってきた尺八の構造を、コンピューター上で数値化し、設計データとして残す。
それは、ある意味では私自身の尺八作りを「デジタル化」する作業でもありました。
そして、その設計データをもとに、金属加工技術によって楽器を作る。
そうして生まれたのが、AireedXです。
AireedXから、竹製尺八へ
AireedXの開発によって、私自身も思いがけない発見をすることになりました。
これまで竹製尺八を作ってきた中で、長く一つの課題だと感じていたことがあります。
それは、指穴の大きさや位置と、楽器全体の鳴りのバランスの関係です。
古くから伝わってきた尺八には、ある程度共通した指穴の大きさや位置があります。
ところが、それらを前提として作ると、音によってはどうしてもバランスを取りにくいと感じる部分がありました。
これまでは、それも竹という自然素材の特性や、伝統的な製法の中で受け入れるべきものだと考えていた部分があります。
ところがAireedXの開発では、竹という素材の個体差から一度離れ、内部構造そのものを徹底して検討することができました。
その過程で、私は一つの重要なことに気づきました。
内部構造を適切に設計すれば、指穴の大きさや位置を変えても、満足できる鳴り方を得ることができる。
これは、私にとって大きな発見でした。
それまで「指穴をこの位置、この大きさにすると、どうしてもこうなる」と考えていたことが、内部構造との組み合わせによって解決できる可能性が見えてきたのです。
そして、その知見を今度は竹製尺八に応用してみました。
すると、古くから使われてきた指穴の大きさや位置を採用しながらも、演奏上十分に満足できる性能を持った尺八を作ることができるようになりました。
その成果として生まれたのが、現在のType-Cです。
これは私にとって、とても象徴的な出来事でした。
AireedXを作るために竹から離れた結果、そこで得た技術と知識が、再び竹製尺八に戻ってきたのです。
つまり、
竹製尺八からAireedXが生まれ、AireedXから新しい竹製尺八が生まれた。
新しいものを作ることは、古いものを捨てることではありません。
新しい視点を得ることで、これまで見えていなかったものが見えてくる。
私はそれを、AireedXの開発を通して実感しました。
30年以上前に考えていたこと
実は、この発想はAireedXを作るずっと前から、私の中にありました。
当時は、今のようなコンピューター技術も、3Dプリンターもありません。
考えていることはあっても、それを実際の楽器にするための技術がありませんでした。
ところが時代が進み、工作機械が進歩し、3D CADや3Dプリンターなどの技術が身近になってきました。
「これなら、昔考えていたことができるかもしれない。」
そう思ったことが、AireedX開発の大きなきっかけになりました。
長い間、頭の中にあったものを、ようやく設計図として取り出すことができたのです。
泉州尺八工房の尺八から、AireedXへ。そして、また竹へ
AireedXは、泉州尺八工房とは別の方向を向いたものではありません。
私にとっては、長年の竹製尺八作りの延長線上にあるものです。
演奏家として舞台に立ち、
作り手として尺八を作り、
その楽器をまた演奏して、
そこで得たものを次の楽器に反映する。
その繰り返しの先に、AireedXがあります。
そしてAireedXの開発で得た知識が、再び竹製尺八のType-Cへと戻ってきました。
だから私は、AireedXを「竹製尺八より優れた尺八」として考えているわけではありません。
竹には竹の魅力があります。
そして、AireedXにはAireedXにしかできないことがあります。
さらに、二つを行き来することで、これまでにはできなかった竹製尺八を作ることもできるようになりました。
私はその違いを、優劣ではなく、可能性の違いとして考えています。
「正しく作る」だけではなく、「新しいものを作る」
伝統楽器を作っていると、「昔からあるものを正しく受け継ぐ」ということを意識する場面がたくさんあります。
もちろん、それは大切なことです。
しかし、伝統というものは、過去の形をそのまま保存することだけではないと私は思っています。
先人が、その時代の中でより良い楽器を求め、工夫し、変化させてきた結果が、今の尺八につながっています。
そう考えるなら、私たちの時代にも、私たちの時代にしかできない工夫があるはずです。
竹製尺八を40年以上作ってきた私が、竹ではない素材で新しい尺八を作る。
そして、そこで得たものを再び竹製尺八に戻していく。
一見すると、伝統から離れているように見えるかもしれません。
しかし私にとっては、これもまた、尺八を作り続けることの一つの形なのです。
そして、これから
泉州尺八工房では、これからも竹製尺八を作っていきます。
竹という素材だからこそ生まれる音、手触り、表情、そして一本一本の個性。
それらは、これからも大切にしていきたいと思っています。
その一方で、AireedXのような新しい楽器によって、これまでにはなかった演奏や音楽が生まれる可能性も大切にしたい。
私が願っているのは、尺八を「正しく残す」ことだけではありません。
尺八を使って、その人自身の音楽を作れる人が増えてほしい。
そのために、竹製尺八も、AireedXも、それぞれの役割を持って存在していけばいいと思っています。
私が40年以上尺八を作ってきた先に、AireedXが生まれました。
そしてAireedXから、Type-Cという新しい竹製尺八も生まれました。
新しいものを作ることは、伝統を捨てることではない。
過去から受け取ったものを、新しい技術と経験によってもう一度見つめ直すことでもある。
これからも泉州尺八工房は、竹製尺八を作りながら、その先にある可能性も探していきたいと思っています。